桜がちらちら舞い散る中、俺は6ヶ月ぶりに訪れた武道館を見上げた。
何の変哲もないコンクリート作りのそっけない建物なのに、高校受験が終わるまではおあずけを食らっていた俺にとっては、まるで白亜の宮殿のように輝いて見える。
「お願いしますっ」
礼をしながら、大声を張り上げて畳敷きの武道場へ入ると、もうすでに柔道着姿で指導中だった先生が、にかっと笑ってくれた。
「おう、本郷。受かったか」
「はいっ。今日からまたお願いします」
俺の声にわらわらと馴染みの奴らが集まってきて、口々にお祝いを言われた。
ここは黒帯の有志たちが開いている道場で、色んな地区からいろんな奴らが集まっている。年もバラバラで、下は幼稚園から上は社会人までと、バラエティにとんでいた。
窮屈な学校の部活とは違う開放的な雰囲気を、俺はとても気に入っていた。
ただ一人を除いて。
「準備運動が終わったら、早速、組んでいけ。そうだな、同じ高校になるわけだし、城山、お前がいいな」
げ、げげげげ〜。
俺は内心、大声を上げた。
せっかく、楽しみにしていた久しぶりの柔道の相手が、よりによって城山さんかあ……。
ひとつ年上の、この城山さんこそ、俺の大大大の苦手野郎なんだ!
まず、金持ちの病院経営者の一人息子だっていうことが気に入らない。
この辺では有名な『城山御殿』なんて呼ばれる豪邸に住んでやがって、噂では家政婦もいるらしい。うちの母ちゃんはいつも「いいなあ、城山さんちは。住宅ローンもないんだろうなあ」なんて、溜息をついている。
次に、外見が気に入らない。
何だよ。男のくせに、その風に揺れるさらさらの茶色がかった髪は。それから透けそうに白くて、きめの細かい肌がまた嫌なんだよ。
顔立ちだって、俺のあくの強いいつも口元が笑っていると友達にからかわれる顔と全然違っていて、おとなしそうで少し寂しそうだけど、よく整った品のいい顔なんだ。
すうっと綺麗に上がった眉の下の節目がちな大きな二重の目を見ると、俺はいつもいらいらして、泣かせてやりたくなる。
唇なんかきれいなピンクで、いつもはちょっと不機嫌そうに閉じられているくせに、少し笑ったりするとまるで綺麗な花が咲いたみたいになって、俺の気持ちを逆なでする。
そして何より一番気に入らないのは、俺は今までに一度も、この野郎に柔道で勝てたことがないことだ。
確かに身長は少し、城山さんのほうが上だ。でも体重は絶対に俺の方がある。
体格も俺の方ががっしりしていて、城山さんは凄く細身で華奢だ。
絶対絶対、俺の方が有利だ。
それなのに何故か、勝てない。
「はじめ!」
先生の声を合図に「うおおっ」と掛け声を上げて、俺は城山さんに挑んでいった。
確かに半年振りで勘が鈍っているかもしれない。しかし、俺は母ちゃんの目を盗んで、自室でこっそり受身と柔軟と、布団を相手にした技の練習は欠かさなかったんだ。
この半年で俺は背も伸びたし体重も増えたが、今日見たところ城山さんはあまり変わっていないようだ。
いける、今日こそやってやる。
俺の手が城山さんの襟にかかった。ぐいっと引くと、柔道着の間から輝くような白い肌と、可愛いピンクの乳首が目に飛び込んできた。
く、くそう。
「一本!」
気がつくと、俺は畳の上に転がって天井を眺めていた。
また、負けた……。
久しぶりに思いっきり身体を動かすことが出来た俺は、上機嫌で武道館を後にした。
城山さんのことは、もう忘れよう。あの人以外は、ほとんど勝てたしな。
あの野郎のことなんて、考えるだけ無駄だ。
ふんふんと鼻息も荒く自転車をこいでいたら、大通りの反対側に立つ、すらっとした綺麗な身体が目に飛び込んできた。
げっ!城山さんだ。嫌なもん、見ちゃったぜ。
……待てよ。あの人、ずいぶん前に帰ったはずなのに、なんでこんな所にいるんだ。
大体、城山さんの家は逆方向だろ……。
キキーッと音を立てて、俺は自転車を止めた。
後ろを振り返ると、歩道に立つ城山さんの所におっさんくさいごつい黒の自動車が停まるところだった。
ドアが開いて、スーツ姿の男が出て来る。
あれ?あの人、いつも道場に来てる会社員だ。
変なの。さっきまで一緒だったのに、なんでわざわざこんな所で会うんだ。
ずっと見ていたら、城山さんはスーツ男に肩を抱かれて車に乗りこんだ。
おっさん自動車は二人を乗せ、微かな排気ガスの匂いだけを残して走り去っていった。
自転車のハンドルを握る俺の手は、ぶるぶると震えていた。
どうしてこんな気持ちになっているのか全然分からなかったが、腹の中からマグマがこみ上げてくるみたいに、腹が立って腹が立って仕方がなかった。
「……くっそうっ」
俺は思い切り勢いよく、自転車を漕ぎ始めた。
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何の変哲もないコンクリート作りのそっけない建物なのに、高校受験が終わるまではおあずけを食らっていた俺にとっては、まるで白亜の宮殿のように輝いて見える。
「お願いしますっ」
礼をしながら、大声を張り上げて畳敷きの武道場へ入ると、もうすでに柔道着姿で指導中だった先生が、にかっと笑ってくれた。
「おう、本郷。受かったか」
「はいっ。今日からまたお願いします」
俺の声にわらわらと馴染みの奴らが集まってきて、口々にお祝いを言われた。
ここは黒帯の有志たちが開いている道場で、色んな地区からいろんな奴らが集まっている。年もバラバラで、下は幼稚園から上は社会人までと、バラエティにとんでいた。
窮屈な学校の部活とは違う開放的な雰囲気を、俺はとても気に入っていた。
ただ一人を除いて。
「準備運動が終わったら、早速、組んでいけ。そうだな、同じ高校になるわけだし、城山、お前がいいな」
げ、げげげげ〜。
俺は内心、大声を上げた。
せっかく、楽しみにしていた久しぶりの柔道の相手が、よりによって城山さんかあ……。
ひとつ年上の、この城山さんこそ、俺の大大大の苦手野郎なんだ!
まず、金持ちの病院経営者の一人息子だっていうことが気に入らない。
この辺では有名な『城山御殿』なんて呼ばれる豪邸に住んでやがって、噂では家政婦もいるらしい。うちの母ちゃんはいつも「いいなあ、城山さんちは。住宅ローンもないんだろうなあ」なんて、溜息をついている。
次に、外見が気に入らない。
何だよ。男のくせに、その風に揺れるさらさらの茶色がかった髪は。それから透けそうに白くて、きめの細かい肌がまた嫌なんだよ。
顔立ちだって、俺のあくの強いいつも口元が笑っていると友達にからかわれる顔と全然違っていて、おとなしそうで少し寂しそうだけど、よく整った品のいい顔なんだ。
すうっと綺麗に上がった眉の下の節目がちな大きな二重の目を見ると、俺はいつもいらいらして、泣かせてやりたくなる。
唇なんかきれいなピンクで、いつもはちょっと不機嫌そうに閉じられているくせに、少し笑ったりするとまるで綺麗な花が咲いたみたいになって、俺の気持ちを逆なでする。
そして何より一番気に入らないのは、俺は今までに一度も、この野郎に柔道で勝てたことがないことだ。
確かに身長は少し、城山さんのほうが上だ。でも体重は絶対に俺の方がある。
体格も俺の方ががっしりしていて、城山さんは凄く細身で華奢だ。
絶対絶対、俺の方が有利だ。
それなのに何故か、勝てない。
「はじめ!」
先生の声を合図に「うおおっ」と掛け声を上げて、俺は城山さんに挑んでいった。
確かに半年振りで勘が鈍っているかもしれない。しかし、俺は母ちゃんの目を盗んで、自室でこっそり受身と柔軟と、布団を相手にした技の練習は欠かさなかったんだ。
この半年で俺は背も伸びたし体重も増えたが、今日見たところ城山さんはあまり変わっていないようだ。
いける、今日こそやってやる。
俺の手が城山さんの襟にかかった。ぐいっと引くと、柔道着の間から輝くような白い肌と、可愛いピンクの乳首が目に飛び込んできた。
く、くそう。
「一本!」
気がつくと、俺は畳の上に転がって天井を眺めていた。
また、負けた……。
久しぶりに思いっきり身体を動かすことが出来た俺は、上機嫌で武道館を後にした。
城山さんのことは、もう忘れよう。あの人以外は、ほとんど勝てたしな。
あの野郎のことなんて、考えるだけ無駄だ。
ふんふんと鼻息も荒く自転車をこいでいたら、大通りの反対側に立つ、すらっとした綺麗な身体が目に飛び込んできた。
げっ!城山さんだ。嫌なもん、見ちゃったぜ。
……待てよ。あの人、ずいぶん前に帰ったはずなのに、なんでこんな所にいるんだ。
大体、城山さんの家は逆方向だろ……。
キキーッと音を立てて、俺は自転車を止めた。
後ろを振り返ると、歩道に立つ城山さんの所におっさんくさいごつい黒の自動車が停まるところだった。
ドアが開いて、スーツ姿の男が出て来る。
あれ?あの人、いつも道場に来てる会社員だ。
変なの。さっきまで一緒だったのに、なんでわざわざこんな所で会うんだ。
ずっと見ていたら、城山さんはスーツ男に肩を抱かれて車に乗りこんだ。
おっさん自動車は二人を乗せ、微かな排気ガスの匂いだけを残して走り去っていった。
自転車のハンドルを握る俺の手は、ぶるぶると震えていた。
どうしてこんな気持ちになっているのか全然分からなかったが、腹の中からマグマがこみ上げてくるみたいに、腹が立って腹が立って仕方がなかった。
「……くっそうっ」
俺は思い切り勢いよく、自転車を漕ぎ始めた。
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