『これからも宜しく頼むぜ、タカベ』
打ち合わせのため隣室に場所を移したルネは陽気に笑ったが、青い瞳の奥に以前はなかった壁がある。
冷え切った心にはその距離感がいっそ心地好いい。
『どう攻める?』
プリントアウトした資料をめくりながら、鷹部は事務的に言った。
どうやら依頼人はサジコーポレーションの商売敵らしい。
財閥系の老舗リゾートにとっては、実力のある新興ビジネスが閨閥によって名誉を手に入れることが我慢ならないのだろう。
そう、これも戦争なんだ。
自分が銃を持つことなく、権力と金で駒を動かす。
表向きは平和を誇示している、それが、この国での戦いのやり方だ。
今までと何も変わらない。
「……っ」
秋園家の資料を眺めていた鋭い瞳が大きく見開かれた。
心の奥に沈めていた想いがうねり上がって、脈拍を上げさせる。
「秋園、静……」
忘れ得ぬ青年の画像が、最重要人物としてファイルされていた。
『此奴がキーパーソンだな。佐治の長女の結婚相手だ』
隠し撮りされたらしい写真の中で、静はまっすぐな黒髪を額に垂らして俯いていた。
いつも濡れていた瞳は、乾いてどこか虚ろだ。
『こっちが佐治か』
壮年の、恰幅のいい紳士の写真が卓上に広げられる。
独自のノウハウで財を築きあげた男は、引き締まった壮健な顔をしていた。
実年齢より遥かに若く、事業にかける気力に満ちている。
両家の親交を深めるために会食でもしたのか、佐治の後に隠れるように静の影が写っていた。
娘婿を見やる佐治の目は嬉しげに細められていたが、どこか酷薄な印象もある。
全ては事業のための行動だと語っているようだ。
『美人だな』
人工的に手がかけられた娘の美しさに、ルネが口笛を吹く。
「くだらない」
鷹部は鋭く言った。
通りすがりに眺めたエステの看板を思い出し、荒くなる息を捨てるように吐き出す。
そう、何もかもがくだらない。
金だけで結びつく結婚も、そんな世界の人間だと分かっていながら、捕らわれてしまった自分の心も……。
「……っ」
髭に覆われた頬の傷が痛み出す。
一旦は静まっていた背中の火傷も、頬に誘われるように疼きだした。
総身を這い回る不快な苦痛が、じりじりと心を蝕む。
「娘を誘拐して、二度と夫の元へ帰れない躯にしよう」
低く押し殺した声に、相棒が息をのむ。
佐治と、そして何より夫には、壊滅的な打撃になるだろう。
鷹部は窓に近寄ると、披露宴が行われているはずのホテルを探した。
いつの間にか藍を増した外界に、沢山の光の塔が立ち並んでいる。
一際高いビルに焦点を当てて、シルエットを指でなぞった。
もう宴も果てた頃か。
せいぜい甘い初夜を楽しむといい。
すぐに地獄の底まで突き落としてやる。
俺と同様のな……。
低い笑い声を上げる鷹部の背中を、戦友が不安げに見つめていた。
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打ち合わせのため隣室に場所を移したルネは陽気に笑ったが、青い瞳の奥に以前はなかった壁がある。
冷え切った心にはその距離感がいっそ心地好いい。
『どう攻める?』
プリントアウトした資料をめくりながら、鷹部は事務的に言った。
どうやら依頼人はサジコーポレーションの商売敵らしい。
財閥系の老舗リゾートにとっては、実力のある新興ビジネスが閨閥によって名誉を手に入れることが我慢ならないのだろう。
そう、これも戦争なんだ。
自分が銃を持つことなく、権力と金で駒を動かす。
表向きは平和を誇示している、それが、この国での戦いのやり方だ。
今までと何も変わらない。
「……っ」
秋園家の資料を眺めていた鋭い瞳が大きく見開かれた。
心の奥に沈めていた想いがうねり上がって、脈拍を上げさせる。
「秋園、静……」
忘れ得ぬ青年の画像が、最重要人物としてファイルされていた。
『此奴がキーパーソンだな。佐治の長女の結婚相手だ』
隠し撮りされたらしい写真の中で、静はまっすぐな黒髪を額に垂らして俯いていた。
いつも濡れていた瞳は、乾いてどこか虚ろだ。
『こっちが佐治か』
壮年の、恰幅のいい紳士の写真が卓上に広げられる。
独自のノウハウで財を築きあげた男は、引き締まった壮健な顔をしていた。
実年齢より遥かに若く、事業にかける気力に満ちている。
両家の親交を深めるために会食でもしたのか、佐治の後に隠れるように静の影が写っていた。
娘婿を見やる佐治の目は嬉しげに細められていたが、どこか酷薄な印象もある。
全ては事業のための行動だと語っているようだ。
『美人だな』
人工的に手がかけられた娘の美しさに、ルネが口笛を吹く。
「くだらない」
鷹部は鋭く言った。
通りすがりに眺めたエステの看板を思い出し、荒くなる息を捨てるように吐き出す。
そう、何もかもがくだらない。
金だけで結びつく結婚も、そんな世界の人間だと分かっていながら、捕らわれてしまった自分の心も……。
「……っ」
髭に覆われた頬の傷が痛み出す。
一旦は静まっていた背中の火傷も、頬に誘われるように疼きだした。
総身を這い回る不快な苦痛が、じりじりと心を蝕む。
「娘を誘拐して、二度と夫の元へ帰れない躯にしよう」
低く押し殺した声に、相棒が息をのむ。
佐治と、そして何より夫には、壊滅的な打撃になるだろう。
鷹部は窓に近寄ると、披露宴が行われているはずのホテルを探した。
いつの間にか藍を増した外界に、沢山の光の塔が立ち並んでいる。
一際高いビルに焦点を当てて、シルエットを指でなぞった。
もう宴も果てた頃か。
せいぜい甘い初夜を楽しむといい。
すぐに地獄の底まで突き落としてやる。
俺と同様のな……。
低い笑い声を上げる鷹部の背中を、戦友が不安げに見つめていた。
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