整然と佇む街並が、夕日に赤く染まっていた。
真夏の故国の気候は、先週まで滞在していた熱帯とさして変わらないはずなのに、大気に含まれる湿度も、窮屈な歩道に植えられた街路樹を抜けてくる風にも、確かに異質な違いがあった。
何もかもが繊細に人口的に作り上げられ、しっとりと湿っている。
鷹部は男性向けエステの看板を見上げて、頬を覆った濃い髭を撫でた。
離れていた数年の間で、この国は中性度を増したらしい。
帰宅時のオフィス街を行き交う人々は、一応に流行の法則を踏まえたコーディネートに身を包み、男女ともに綺麗に整えられた眉を誇っていた。
知人に会うたび優しく微笑み、機械を介した通信手段で頻繁に気遣いの言葉を遣り取りする。
「つ……っ」
突然、ずくりと背中が痛んだ。
戦場にいる時は忘れていられた痛み。
その後の戦いで負った傷の方が遥かに重かったはずなのに、この細かな火傷痕はいつまでもチリチリと鷹部を苛む。
あいつらも他人の前では微笑んでいた。
幼い鷹部に向けられたガラス玉のような半眼の暗い瞳は、アパートの隣人や、騒がしい友人の前ではまるで違う色を放った。
明るく楽しげな表情は、家族だけになった途端にさっと姿を隠す。
それはまるで、全く違う人物が現れるような劇的な変化だった。
欲しくて欲しくて、あまりにそれを欲しがっていたので、自分が何ものかをも忘れてしまうそうになるほどの懇願。
施設で生活が落ち着き、曲がりなりにも自分の場所が出来た時にも、どうしても癒すこの出来なかった心の渇き。
一つの顔が、ふっと意識の表層に浮き上がる。
濡れた黒髪に彩られた小さな顔が、上気して微笑んでいた。
自分の手の内で悩ましげにうねり汗ばみ、昇りつめていくしなやかな痩躯。
一度は確かに手に入れたと思った光は、次の瞬間、裏切りの闇を見せて無情に沈んでいく。
「くそ……っ」
しつこい恋情の痕跡に舌打ちして、鷹部は雑踏に足を進めた。
凍りつかせた心の底に蠢く感情を押しつぶしながらビルのエントランスを横切り、エレベーターに乗り込むと、何も記されていないフロアのボタンを押す。
大理石張りの床を持つ機械の箱が、傷ついた頬を髭で隠した男を乗せて滑らかに昇っていく。
何重もの金属扉が開いた先、天上界のように下界を見渡せる最上階に、その特殊企業のオフィスはあった。
『とんだ再会劇だな』
サインが終わった契約書をひらひらさせて、少し窶れたフランス人傭兵が振り返った。
「ルネか……」
軽い驚きをこめて眉を上げた鷹部に、低い声がかかる。
「旧友と親交を温める前に、任務の話をしよう」
民間警備会社とは名前ばかり、実状は熟練の傭兵を募っては世界中の紛争地域に派遣している傭兵斡旋会社の経営者は、特殊部隊にいた頃の軍人独自の鋭いオーラを未だに発していた。
「最近は表だって戦争をしていない地域でも依頼が増えてきてね」
先の欠けた指が、デスク上のネット画面を指す。
「君達に依頼したいのは閨閥の解消だ。サジコーポレーションと秋園家の繋がりを潰せ。無論、不合法な手段でね」
仕立てのいいスーツでも隠せない過去が、経営者の口元にV字型の笑みとなって浮かび上がった。
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真夏の故国の気候は、先週まで滞在していた熱帯とさして変わらないはずなのに、大気に含まれる湿度も、窮屈な歩道に植えられた街路樹を抜けてくる風にも、確かに異質な違いがあった。
何もかもが繊細に人口的に作り上げられ、しっとりと湿っている。
鷹部は男性向けエステの看板を見上げて、頬を覆った濃い髭を撫でた。
離れていた数年の間で、この国は中性度を増したらしい。
帰宅時のオフィス街を行き交う人々は、一応に流行の法則を踏まえたコーディネートに身を包み、男女ともに綺麗に整えられた眉を誇っていた。
知人に会うたび優しく微笑み、機械を介した通信手段で頻繁に気遣いの言葉を遣り取りする。
「つ……っ」
突然、ずくりと背中が痛んだ。
戦場にいる時は忘れていられた痛み。
その後の戦いで負った傷の方が遥かに重かったはずなのに、この細かな火傷痕はいつまでもチリチリと鷹部を苛む。
あいつらも他人の前では微笑んでいた。
幼い鷹部に向けられたガラス玉のような半眼の暗い瞳は、アパートの隣人や、騒がしい友人の前ではまるで違う色を放った。
明るく楽しげな表情は、家族だけになった途端にさっと姿を隠す。
それはまるで、全く違う人物が現れるような劇的な変化だった。
欲しくて欲しくて、あまりにそれを欲しがっていたので、自分が何ものかをも忘れてしまうそうになるほどの懇願。
施設で生活が落ち着き、曲がりなりにも自分の場所が出来た時にも、どうしても癒すこの出来なかった心の渇き。
一つの顔が、ふっと意識の表層に浮き上がる。
濡れた黒髪に彩られた小さな顔が、上気して微笑んでいた。
自分の手の内で悩ましげにうねり汗ばみ、昇りつめていくしなやかな痩躯。
一度は確かに手に入れたと思った光は、次の瞬間、裏切りの闇を見せて無情に沈んでいく。
「くそ……っ」
しつこい恋情の痕跡に舌打ちして、鷹部は雑踏に足を進めた。
凍りつかせた心の底に蠢く感情を押しつぶしながらビルのエントランスを横切り、エレベーターに乗り込むと、何も記されていないフロアのボタンを押す。
大理石張りの床を持つ機械の箱が、傷ついた頬を髭で隠した男を乗せて滑らかに昇っていく。
何重もの金属扉が開いた先、天上界のように下界を見渡せる最上階に、その特殊企業のオフィスはあった。
『とんだ再会劇だな』
サインが終わった契約書をひらひらさせて、少し窶れたフランス人傭兵が振り返った。
「ルネか……」
軽い驚きをこめて眉を上げた鷹部に、低い声がかかる。
「旧友と親交を温める前に、任務の話をしよう」
民間警備会社とは名前ばかり、実状は熟練の傭兵を募っては世界中の紛争地域に派遣している傭兵斡旋会社の経営者は、特殊部隊にいた頃の軍人独自の鋭いオーラを未だに発していた。
「最近は表だって戦争をしていない地域でも依頼が増えてきてね」
先の欠けた指が、デスク上のネット画面を指す。
「君達に依頼したいのは閨閥の解消だ。サジコーポレーションと秋園家の繋がりを潰せ。無論、不合法な手段でね」
仕立てのいいスーツでも隠せない過去が、経営者の口元にV字型の笑みとなって浮かび上がった。
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