木立を抜けた崖下に巨大な漆黒のシルエットを目にした時、清水はやっと目的についたという喜びよりも不気味なおののきを感じた。
若さを撒き散らす生徒の姿を失い、昼間の輝きを全て嘘にして寂寥に満ちた姿を曝して夜の墓場のように静まりかえっている校舎から、清水は抜けてきたばかりの林道に頭を振った。
暗闇に思えた森は月明かりを浴びて白く葉を光らせていて、下生えの草から聞こえる虫の声や、木々を伝う夜行性の小動物の気配など、自然の生気に満ちていた。
また校舎に視線を戻して、清水は小さく身震いした。
同族が作った建築物の方を不気味に思うなんて、全くおかしい。
胸に満ちてくる恐怖感を打ち消して、自嘲気味に頬を歪めていた清水は、ぽつんと灯った明かりをみつけて歓喜の声を上げた。
校舎を貫く廊下の突き当たりに与えられた教育実習生のための小部屋から、確かに人工の照明が漏れていた。
数刻前にくぐった昇降口は既に堅く施錠されている。
月光に冷たく照らされた渡り廊下を横切り、暗い犬走りを伝って実習室の窓下に近づく。
「すいません……」
自分の背丈より高い窓に声をかけた。
「……誰かいますか」
腕を一杯に伸ばしてガラスを叩くが、返ってきたのはしんとした沈黙だけだった。
「駄目か……」
小さな溜息をついて、清水は地面の四角い光に落ちた自分の影を見つめた。
こんな遅くに学校に残っている奴なんかいない。
きっと照明を消し忘れたんだ。
やっぱりここには、僕しかしかいないんだ……。
背筋をぞっと冷たいものが走った。
空っぽのコンクリートの建物が巨大な墓石に見え、人類の最後の生き残りにでもなったような孤独に襲われる。
「清水か……?」
冷たい校舎に背中を預けてよろよろとへたり込んだ清水の頭上で、ガラリと窓が開いた。
逆光が窓から突き出した男の表情を分らなくさせていたが、その声には確かに聞き覚えがあった。
「……武藤」
自分と同じくこの学園に教育実習に来ている武藤英吾に、清水は泣き出しそうな顔を向けた。
「ほら……」
いかにも体育系らしいがっしりとした手が差し出すカップを両手で受け取ると、温かい湯気とともに甘いココアの薫りが立ち上った。
「ありがとう」
武藤が内側から解錠してくれた昇降口から実習室に入った清水は、まだ潤んでいる瞳を快活な男に向けて礼を言った。
「武藤が忘れ物を取りに来てくれていて助かったよ」
「俺も清水と二人きりになれてラッキーだな」
精悍な印象の硬い短髪を軽く振った武藤は、きりりとつった太い眉を上げた。
なんだろう。
いつもとどこか雰囲気が違う。
まだ短い間だったが、たった二人きりの実習生である武藤とは、悩みを相談し合い助け合う同期関係を築いていた。
前に出て行くのが苦手で何事にも消極的な清水とは対照に、武藤は積極的で明るく、常に軽口を叩いては周りを笑わせていた。
その明るさに、慣れない実習のプレッシャーを随分と軽くしてもらえたものだ。
引き締まった武藤の口元が歪み、低い声が響く。
「こんなにも早く、お前を犯せるなんてな……」
意味不明な言葉に、やっと弛んだ気持ちがすうっと冷えていった。
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若さを撒き散らす生徒の姿を失い、昼間の輝きを全て嘘にして寂寥に満ちた姿を曝して夜の墓場のように静まりかえっている校舎から、清水は抜けてきたばかりの林道に頭を振った。
暗闇に思えた森は月明かりを浴びて白く葉を光らせていて、下生えの草から聞こえる虫の声や、木々を伝う夜行性の小動物の気配など、自然の生気に満ちていた。
また校舎に視線を戻して、清水は小さく身震いした。
同族が作った建築物の方を不気味に思うなんて、全くおかしい。
胸に満ちてくる恐怖感を打ち消して、自嘲気味に頬を歪めていた清水は、ぽつんと灯った明かりをみつけて歓喜の声を上げた。
校舎を貫く廊下の突き当たりに与えられた教育実習生のための小部屋から、確かに人工の照明が漏れていた。
数刻前にくぐった昇降口は既に堅く施錠されている。
月光に冷たく照らされた渡り廊下を横切り、暗い犬走りを伝って実習室の窓下に近づく。
「すいません……」
自分の背丈より高い窓に声をかけた。
「……誰かいますか」
腕を一杯に伸ばしてガラスを叩くが、返ってきたのはしんとした沈黙だけだった。
「駄目か……」
小さな溜息をついて、清水は地面の四角い光に落ちた自分の影を見つめた。
こんな遅くに学校に残っている奴なんかいない。
きっと照明を消し忘れたんだ。
やっぱりここには、僕しかしかいないんだ……。
背筋をぞっと冷たいものが走った。
空っぽのコンクリートの建物が巨大な墓石に見え、人類の最後の生き残りにでもなったような孤独に襲われる。
「清水か……?」
冷たい校舎に背中を預けてよろよろとへたり込んだ清水の頭上で、ガラリと窓が開いた。
逆光が窓から突き出した男の表情を分らなくさせていたが、その声には確かに聞き覚えがあった。
「……武藤」
自分と同じくこの学園に教育実習に来ている武藤英吾に、清水は泣き出しそうな顔を向けた。
「ほら……」
いかにも体育系らしいがっしりとした手が差し出すカップを両手で受け取ると、温かい湯気とともに甘いココアの薫りが立ち上った。
「ありがとう」
武藤が内側から解錠してくれた昇降口から実習室に入った清水は、まだ潤んでいる瞳を快活な男に向けて礼を言った。
「武藤が忘れ物を取りに来てくれていて助かったよ」
「俺も清水と二人きりになれてラッキーだな」
精悍な印象の硬い短髪を軽く振った武藤は、きりりとつった太い眉を上げた。
なんだろう。
いつもとどこか雰囲気が違う。
まだ短い間だったが、たった二人きりの実習生である武藤とは、悩みを相談し合い助け合う同期関係を築いていた。
前に出て行くのが苦手で何事にも消極的な清水とは対照に、武藤は積極的で明るく、常に軽口を叩いては周りを笑わせていた。
その明るさに、慣れない実習のプレッシャーを随分と軽くしてもらえたものだ。
引き締まった武藤の口元が歪み、低い声が響く。
「こんなにも早く、お前を犯せるなんてな……」
意味不明な言葉に、やっと弛んだ気持ちがすうっと冷えていった。
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