東京タワーを遠くに望む雑居ビル十階の居酒屋では、つまみの載ったテーブルを囲んで、にぎやかな同期会が盛り上がっていた。
「……それにしても、同期同士で結婚した奴って、多いよな」
「ま、相手はデパガだし、絶対的に可愛い女の子も多いし、こう考えると、いい就職先だったよ。なあ、中原」
話を振られた東京に出張中の中原悠司は、少し酒がまわりうっすらとピンクに染まった色白の顔で、曖昧に笑った。
僕の恋人は男性で、なおかつ外商の担当顧客で、しかも一週間の半分ぐらいは彼の腕の中で眠っているんだ、なんてことは口が裂けても言えなかった。
厳しい研修合宿を一緒に乗り切った同期たちは、みな仲が良く、何かの口実を見つけては飲み会を開いていた。今日の口実はもちろん中原の出張で、首都圏勤務の同期たちが何人か集まった気の置けない本音で語れる席だったが、それが今の中原には苦痛だった。
週の半分は彼を抱く男性、柏木晃彦を好きな気持ちに嘘はなかったし、後悔もしていなかった。
ただ、他人の前でどうどうと公表できないことであるということが、切なくやるせなかった。
2次会はカラオケで、場はいよいよ盛り上がり、誰と誰とが付き合っているなどの暴露話や、ここで勝負を決めようというのか、ターゲットを決めての同期女性へのアプローチも露骨になってきた。
どうしても入り込めないものを感じて、中原は幹事に断って、その場を辞した。
東京の街は12月に入ったばかりだというのにすっかりクリスマス色に染められ、きらきらと光るイルミネーションの下を、腕を組み身体を寄せ合った恋人たちが幸福そうに歩いている。
中原はコートのポケットに手を入れて首をすくめると、長めの黒い前髪の下の大きな二重の目を路上に落として、宿泊先へと足を速めた。
一昨日別れたばかりだというのに、もう柏木が恋しかった。
ビジネスホテルの実用本位の簡素な室内では、一緒に長期出張中の課長が、ベッドの中で鼾をかいていた。
起こさないよう気をつけて、自分のベッド横のライトの光源を小さく絞り、携帯電話を取り出す。
今、午前零時を少しまわったところだ。まだ仕事中か、それとも疲れて横になっているかもしれない。
声が聞きたかったが、柏木に電話しかけた指を止めた。
あと、たった2日間の辛抱だ。
中原は大きく息を吐くと、シャワーを浴びるため腰を浮かせた。
ホテル備え付けの浴衣を身につけてベッドに入ろうとした時、突然、部屋のドアフォンが鳴った。
時刻は一時を過ぎている。
気のせいかとも思ったが、念のためドアまで行き、覗き穴から廊下を覗いてみた。
見間違えようもない切れ長の目を持つ端正な顔が、レンズで拡大されて目の中に飛び込んできた。
「……柏木さんっ」
中原は慌てて、ドアを開けた。
いつもながら仕立ての良いイタリア製のコートを見事に着こなした柏木が、首にマフラーをかけて立っていた。
「どうして……」
「東京支社の話があって、こっちに来ていたものだから。ちょっと君の顔が見たくなったんだよ」
柏木は小声で囁き、それから、そっと唇を中原に重ねた。柑橘系のトワレが香った。
「……もう、行くよ。おやすみ」
中原の髪に長い指を刺し込み、くしゃりと掻き乱すと、柏木の姿はドアの向こうに消えた。
中原は信じられない思いで立ち尽くしていた。
指で唇をなぞると、そこは愛する人に触れられた喜びに熱く火照っていた。
今のは夢じゃない。
中原は浴衣の上にコートを羽織ると、急いで靴を履き柏木を追った。
エントランスを出た所で見回すと、少し先の歩道に、柏木の長身の後姿をみつけた。そのままどこか遠くへ柏木が行ってしまいそうな気がして、懸命に駆けて追いつき、腕に縋った。
「……もう少し、一緒にいたい」
息を切らして訴える中原の身体を抱き寄せて、柏木は微笑んだ。
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「……それにしても、同期同士で結婚した奴って、多いよな」
「ま、相手はデパガだし、絶対的に可愛い女の子も多いし、こう考えると、いい就職先だったよ。なあ、中原」
話を振られた東京に出張中の中原悠司は、少し酒がまわりうっすらとピンクに染まった色白の顔で、曖昧に笑った。
僕の恋人は男性で、なおかつ外商の担当顧客で、しかも一週間の半分ぐらいは彼の腕の中で眠っているんだ、なんてことは口が裂けても言えなかった。
厳しい研修合宿を一緒に乗り切った同期たちは、みな仲が良く、何かの口実を見つけては飲み会を開いていた。今日の口実はもちろん中原の出張で、首都圏勤務の同期たちが何人か集まった気の置けない本音で語れる席だったが、それが今の中原には苦痛だった。
週の半分は彼を抱く男性、柏木晃彦を好きな気持ちに嘘はなかったし、後悔もしていなかった。
ただ、他人の前でどうどうと公表できないことであるということが、切なくやるせなかった。
2次会はカラオケで、場はいよいよ盛り上がり、誰と誰とが付き合っているなどの暴露話や、ここで勝負を決めようというのか、ターゲットを決めての同期女性へのアプローチも露骨になってきた。
どうしても入り込めないものを感じて、中原は幹事に断って、その場を辞した。
東京の街は12月に入ったばかりだというのにすっかりクリスマス色に染められ、きらきらと光るイルミネーションの下を、腕を組み身体を寄せ合った恋人たちが幸福そうに歩いている。
中原はコートのポケットに手を入れて首をすくめると、長めの黒い前髪の下の大きな二重の目を路上に落として、宿泊先へと足を速めた。
一昨日別れたばかりだというのに、もう柏木が恋しかった。
ビジネスホテルの実用本位の簡素な室内では、一緒に長期出張中の課長が、ベッドの中で鼾をかいていた。
起こさないよう気をつけて、自分のベッド横のライトの光源を小さく絞り、携帯電話を取り出す。
今、午前零時を少しまわったところだ。まだ仕事中か、それとも疲れて横になっているかもしれない。
声が聞きたかったが、柏木に電話しかけた指を止めた。
あと、たった2日間の辛抱だ。
中原は大きく息を吐くと、シャワーを浴びるため腰を浮かせた。
ホテル備え付けの浴衣を身につけてベッドに入ろうとした時、突然、部屋のドアフォンが鳴った。
時刻は一時を過ぎている。
気のせいかとも思ったが、念のためドアまで行き、覗き穴から廊下を覗いてみた。
見間違えようもない切れ長の目を持つ端正な顔が、レンズで拡大されて目の中に飛び込んできた。
「……柏木さんっ」
中原は慌てて、ドアを開けた。
いつもながら仕立ての良いイタリア製のコートを見事に着こなした柏木が、首にマフラーをかけて立っていた。
「どうして……」
「東京支社の話があって、こっちに来ていたものだから。ちょっと君の顔が見たくなったんだよ」
柏木は小声で囁き、それから、そっと唇を中原に重ねた。柑橘系のトワレが香った。
「……もう、行くよ。おやすみ」
中原の髪に長い指を刺し込み、くしゃりと掻き乱すと、柏木の姿はドアの向こうに消えた。
中原は信じられない思いで立ち尽くしていた。
指で唇をなぞると、そこは愛する人に触れられた喜びに熱く火照っていた。
今のは夢じゃない。
中原は浴衣の上にコートを羽織ると、急いで靴を履き柏木を追った。
エントランスを出た所で見回すと、少し先の歩道に、柏木の長身の後姿をみつけた。そのままどこか遠くへ柏木が行ってしまいそうな気がして、懸命に駆けて追いつき、腕に縋った。
「……もう少し、一緒にいたい」
息を切らして訴える中原の身体を抱き寄せて、柏木は微笑んだ。
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