昼間描いたデッサンを、思いきって恋人に差し出す。
義指をつけた左手が鉛筆の濃淡に彩られた紙面をめくり、スケッチブックに熱い眼差しが注がれた。
往年の映画俳優を思わせる男らしく整った赤石徹の顔には、なんの表情も浮かんでこない。
この瞬間だけは緊張する。
画材が散らばったリビングルームへ、南島慎里は高貴な猫を思わせる視線を逸らした。
二人の生活のために赤石が用意した部屋は、広い板張りのリビングを持つ日当たりのいいマンションで、初めて二人で過ごした夜には配偶者住宅手当を申請すべきだったとまじめな顔で言う恋人に笑わされた。
赤石との生活は甘い蜜のようで、休日のたびにインテリアショップをめぐってはお互いの家具の趣味にじゃれ合うような口げんかをし、部屋へ帰っては奥まったベッドルームで仲直りのセックスをして過ごした。
夕食はいつも二人で作った。
一人暮らしが長くても、食事の殆どを外食や出来合いの弁当に頼っていた南島に、赤石はきっちりと家庭料理を仕込んだ。
昆布や鰹節から取る出汁のやり方や野菜の面取りをする手元に、生来の育ちの良さが現われていて、眩しいものを見るようにいつも南島は恋人を見上げた。
一人になる昼間は絵を描いた。
南島に絵の才能があると主張する赤石は嬉々として画材を買い揃え、広いリビングはあっという間にアトリエへと変貌していた。
好きなものを描けという赤石に、南島は自分なりに考えて、名画の模写をしたり静物のデッサンをしたりしたが、返ってくる反応はいつも無言だった。
恋人を失望させる事は辛かったが、指を失ってまで自分を欲してくれたこの男に喜んでもらえるまでは、頑張って描き続けようと決めていた。
成績が出るのを待つ子供のような気持ちの南島の前で、スケッチブックがぱたりと閉じられた。
今日も何も言ってもらえなかったが、最悪の時間はとにかく過ぎた。
ほっと息をつく南島に、赤石が明るく笑いかけた。
「さて、今日は人体デッサンをしようか」
全てを剥ぎ取られた白い裸体を煌々と灯る照明の下に曝して、南島は怒りに震えていた。
「なんで俺が脱がなくちゃいけないんだっ」
「人体とは何で出来ているかを、実地で教えてやるよ」
十二月の寒さを吹き飛ばすくらいに暖房を効かせたリビングで、上着を脱ぎ捨ててシャツ姿になった赤石が満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
繊細な指先には何故か一本の筆が握られている。
「あんたが描くのか?」
「慎里にね……」
赤石は笑いながら、南島の滑らかな肌にすっと毛先を滑らせた。
「ん……っ」
首筋を擦る毛先から何とも言えない感覚が走り、この男から与えられる快楽にすっかり飼い慣らされた身体が、自分勝手に熱く滾った。
裸体の芯から浸みだしてきた愉悦に慌て、南島は赤石に背中を向けた。
こんな刺激で勃ちあがってしまう自分が恥ずかしい。
「まずは、骨格」
「……あ」
構わず赤石は南島の肩先を筆で撫でた。
「骨の中には身体の表面に浮き出て見えるものがあって、絵を描く時の重要な目印になる」
「……っ」
背骨を伝って背中を滑り降りた毛先が、可愛い天使の羽根のように突き出している肩胛骨をくすぐった。
続きを読む
目次へ戻る
義指をつけた左手が鉛筆の濃淡に彩られた紙面をめくり、スケッチブックに熱い眼差しが注がれた。
往年の映画俳優を思わせる男らしく整った赤石徹の顔には、なんの表情も浮かんでこない。
この瞬間だけは緊張する。
画材が散らばったリビングルームへ、南島慎里は高貴な猫を思わせる視線を逸らした。
二人の生活のために赤石が用意した部屋は、広い板張りのリビングを持つ日当たりのいいマンションで、初めて二人で過ごした夜には配偶者住宅手当を申請すべきだったとまじめな顔で言う恋人に笑わされた。
赤石との生活は甘い蜜のようで、休日のたびにインテリアショップをめぐってはお互いの家具の趣味にじゃれ合うような口げんかをし、部屋へ帰っては奥まったベッドルームで仲直りのセックスをして過ごした。
夕食はいつも二人で作った。
一人暮らしが長くても、食事の殆どを外食や出来合いの弁当に頼っていた南島に、赤石はきっちりと家庭料理を仕込んだ。
昆布や鰹節から取る出汁のやり方や野菜の面取りをする手元に、生来の育ちの良さが現われていて、眩しいものを見るようにいつも南島は恋人を見上げた。
一人になる昼間は絵を描いた。
南島に絵の才能があると主張する赤石は嬉々として画材を買い揃え、広いリビングはあっという間にアトリエへと変貌していた。
好きなものを描けという赤石に、南島は自分なりに考えて、名画の模写をしたり静物のデッサンをしたりしたが、返ってくる反応はいつも無言だった。
恋人を失望させる事は辛かったが、指を失ってまで自分を欲してくれたこの男に喜んでもらえるまでは、頑張って描き続けようと決めていた。
成績が出るのを待つ子供のような気持ちの南島の前で、スケッチブックがぱたりと閉じられた。
今日も何も言ってもらえなかったが、最悪の時間はとにかく過ぎた。
ほっと息をつく南島に、赤石が明るく笑いかけた。
「さて、今日は人体デッサンをしようか」
全てを剥ぎ取られた白い裸体を煌々と灯る照明の下に曝して、南島は怒りに震えていた。
「なんで俺が脱がなくちゃいけないんだっ」
「人体とは何で出来ているかを、実地で教えてやるよ」
十二月の寒さを吹き飛ばすくらいに暖房を効かせたリビングで、上着を脱ぎ捨ててシャツ姿になった赤石が満面の笑みを浮かべて近づいてきた。
繊細な指先には何故か一本の筆が握られている。
「あんたが描くのか?」
「慎里にね……」
赤石は笑いながら、南島の滑らかな肌にすっと毛先を滑らせた。
「ん……っ」
首筋を擦る毛先から何とも言えない感覚が走り、この男から与えられる快楽にすっかり飼い慣らされた身体が、自分勝手に熱く滾った。
裸体の芯から浸みだしてきた愉悦に慌て、南島は赤石に背中を向けた。
こんな刺激で勃ちあがってしまう自分が恥ずかしい。
「まずは、骨格」
「……あ」
構わず赤石は南島の肩先を筆で撫でた。
「骨の中には身体の表面に浮き出て見えるものがあって、絵を描く時の重要な目印になる」
「……っ」
背骨を伝って背中を滑り降りた毛先が、可愛い天使の羽根のように突き出している肩胛骨をくすぐった。
続きを読む
目次へ戻る
| ホーム |
