張っていた心の糸がぷつんと切れて、急激に疲れが襲ってくる。
清水はバイクの傍らにずるずると座り込んだ。
本音を言うと、教師になりたい訳でもなかった。
学歴にこだわる両親にぎりぎり許される範囲の大学に入っただけだ。
特に勉強をしなくても、ひょいひょいと満点を取る優等生の弟や妹の顔が目に浮かぶ。
長男でありながら、清水はいつも見下げられて生きてきた。
学期末、子供達が持ち帰った通知表はずらりと食卓に並べられ、褒められる弟妹達の後ろで、清水はいつも小さくなっていたものだ。
清水も自分なりに努力をしていたのだが、一流と呼ばれる大学を出た両親が望むレベルにはどうしても到達できなかった。
なぜ俺だけができないんだろう。
まるで異物だ。
いつもはなるべく考えないようにしていたのに、この静かな暗闇のせいで情けなさと悲しみがどんどん心から噴き出してきてしまう。
「……う」
清水は自分の膝の間に顔を埋めて丸まった。
排気音が遠くに聞こえたようだった。
清水はその音を無視してますます小さく身体を丸めた。
もう俺なんてどうなってもいい。
捨て鉢な自己憐憫の中に、清水の心はどっぷりと沈み込んでいた。
そんな清水とは裏腹に、エンジン音はどんどん大きくなってきた。
トンネルのような山道を雷のような爆音が渡ってきたかと思うと、ついには眩しいヘッドライトの明かりが地面に蹲った身体を照らし出す。
ドッドッドッと腹に響くエンジン音を上げる大型のバイクが目の前に止められ、ブーツに包まれた足がざくっと地面に落ちてきた。
「センセ……?」
清水は思わず顔を上げた。
バイクにまたがった男は、派手なペイントを施したヘルメットを脱ぐと、長髪の頭をぶるんと振った。
「こんなところで、何やってんの?」
ホームルームの担当生徒である日野竜一が、高校2年とはとても思えない迫力のある目つきで清水を見下ろしていた。
「あ……」
思わず清水は口ごもった。
この生徒には気をつけるよう、様々な人から忠告されていたからだ。
教育実習の指導教官も、最初の日に引き合わされた生徒会長も、声を潜めて日野の名前を囁いた。
素行がすこぶる悪く学校中から嫌われていること、それでも退学にならないのは、この学園に強い力を持つ日野の父親が毎年多額の寄付金を払っているせいだとも教えられた。
清水がホームルーム指導で日野の所属するクラスを訪れた際も、他の生徒達が従順に課題をこなす後方で、彼は足を机の上に投げ出して窓際の席で眠っていた。
日野の周りは、空気の色までもが違っているようだった。
こんなところで会うなんて最悪だ。
何発か殴られて、金でも取られるんじゃないだろうか。
「これ、センセのバイク?」
緊張で身体を強ばらせた清水の横に跪くと、日野は動かなくなったエンジン部分を眺めた。
肩までの黒髪の間から、耳に飾られたシルバーの輪がキラリと覗いた。
「……手入れしてねえな」
ヘッドライトの輪の中で、皮の手袋に包まれた指が器用に動く。
清水はどうすることも出来ずにただ固まっていた。
「……これ、今すぐには動かねえよ」
日野はオイルで汚れた革手袋を歯で咥えて外すと、清水に顔を向けた。
力のある目にじっと見つめられる。
清水は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
冷たい汗がつうっと額を伝う。
「あんたさ、もっとこいつのこと大事にしてやれよな」
低い声とともに、威圧感をもつ日野の顔が近づいてくる。
「ろくにメンテナンスもされないまま、こんな悪路を走らされたんじゃ、可哀想だぜ……」
「……ひ」
こつんと額に額をぶつけられて、清水は情けない声を上げた。
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清水はバイクの傍らにずるずると座り込んだ。
本音を言うと、教師になりたい訳でもなかった。
学歴にこだわる両親にぎりぎり許される範囲の大学に入っただけだ。
特に勉強をしなくても、ひょいひょいと満点を取る優等生の弟や妹の顔が目に浮かぶ。
長男でありながら、清水はいつも見下げられて生きてきた。
学期末、子供達が持ち帰った通知表はずらりと食卓に並べられ、褒められる弟妹達の後ろで、清水はいつも小さくなっていたものだ。
清水も自分なりに努力をしていたのだが、一流と呼ばれる大学を出た両親が望むレベルにはどうしても到達できなかった。
なぜ俺だけができないんだろう。
まるで異物だ。
いつもはなるべく考えないようにしていたのに、この静かな暗闇のせいで情けなさと悲しみがどんどん心から噴き出してきてしまう。
「……う」
清水は自分の膝の間に顔を埋めて丸まった。
排気音が遠くに聞こえたようだった。
清水はその音を無視してますます小さく身体を丸めた。
もう俺なんてどうなってもいい。
捨て鉢な自己憐憫の中に、清水の心はどっぷりと沈み込んでいた。
そんな清水とは裏腹に、エンジン音はどんどん大きくなってきた。
トンネルのような山道を雷のような爆音が渡ってきたかと思うと、ついには眩しいヘッドライトの明かりが地面に蹲った身体を照らし出す。
ドッドッドッと腹に響くエンジン音を上げる大型のバイクが目の前に止められ、ブーツに包まれた足がざくっと地面に落ちてきた。
「センセ……?」
清水は思わず顔を上げた。
バイクにまたがった男は、派手なペイントを施したヘルメットを脱ぐと、長髪の頭をぶるんと振った。
「こんなところで、何やってんの?」
ホームルームの担当生徒である日野竜一が、高校2年とはとても思えない迫力のある目つきで清水を見下ろしていた。
「あ……」
思わず清水は口ごもった。
この生徒には気をつけるよう、様々な人から忠告されていたからだ。
教育実習の指導教官も、最初の日に引き合わされた生徒会長も、声を潜めて日野の名前を囁いた。
素行がすこぶる悪く学校中から嫌われていること、それでも退学にならないのは、この学園に強い力を持つ日野の父親が毎年多額の寄付金を払っているせいだとも教えられた。
清水がホームルーム指導で日野の所属するクラスを訪れた際も、他の生徒達が従順に課題をこなす後方で、彼は足を机の上に投げ出して窓際の席で眠っていた。
日野の周りは、空気の色までもが違っているようだった。
こんなところで会うなんて最悪だ。
何発か殴られて、金でも取られるんじゃないだろうか。
「これ、センセのバイク?」
緊張で身体を強ばらせた清水の横に跪くと、日野は動かなくなったエンジン部分を眺めた。
肩までの黒髪の間から、耳に飾られたシルバーの輪がキラリと覗いた。
「……手入れしてねえな」
ヘッドライトの輪の中で、皮の手袋に包まれた指が器用に動く。
清水はどうすることも出来ずにただ固まっていた。
「……これ、今すぐには動かねえよ」
日野はオイルで汚れた革手袋を歯で咥えて外すと、清水に顔を向けた。
力のある目にじっと見つめられる。
清水は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
冷たい汗がつうっと額を伝う。
「あんたさ、もっとこいつのこと大事にしてやれよな」
低い声とともに、威圧感をもつ日野の顔が近づいてくる。
「ろくにメンテナンスもされないまま、こんな悪路を走らされたんじゃ、可哀想だぜ……」
「……ひ」
こつんと額に額をぶつけられて、清水は情けない声を上げた。
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