R18創作BL小説ブログです。性表現を多分に含みますので、18歳以上の方のみ、ご覧になって下さい。

(R18BL)闇の終り 第1話
 初めての記憶は細い指。
 爺さんの付き添いでうちに来ると、南島さんはよく茶室に籠もった。
 木戸を全て開け放して、柱に背中を預けて庭を眺め、パステルを握った指をしきりに動かしている後ろ姿を覗くのが好きだった。
 そんなときの南島さんは、確かにそこにいるのに存在が透けてしまいそうなくらい澄みきっていて、少し怖い。
 でも、襖の影に隠れている僕に気づくと、いつも静かに笑って手招きをし、膝にのせてくれる。
 華奢な腕に包みこまれて抱きしめてもらえると、どうしようもなくドキドキした。
 僕の目の前で、油で固められた顔料が魔法のような影を作り、精悍な男の顔を描き出す。
 実の父だと教えられ、誇らしさに頬を上気された僕を見つめる目は、どこか寂しげだった。 
 そんなとき、僕は何をしていいのか分からなくなって、真夏でもいつも長袖を着ている平らな胸に、ぐりぐりと鼻先を擦りつけた。
 南島さんからはいつもいい匂いがした。
 母さんがつけている人工の香水なんかじゃない。
 内側から滲み出る、どこか悲しい薫りだ。
 僕にくすぐられて、くすくす笑う声が嬉しかった。
 幼い自分が妬ましい。
 ずっと抱きしめられていたかったけど、今や南島さんよりも大きくなってしまった僕には、それはもう見果てぬ夢だ。
 
 天界会本家会長だった祖父の式典には、普段から黒服で過ごしているのであろう眼光鋭い屈強な男達が長い列を作っていた。
 喪主を務める義父の隣に並んだ、死んだ会長の唯一の孫である僕に、本家に所属している組織の組長達は深々と頭を下げた。
 法の目をかいくぐってシノギを取り、その上納金を巻き上げて暮らす。
 死んだ爺さんは好きだったが、この家業はどうしても好きになれない。
 いつもなら僕を憂鬱の底に突き落とす、その金で養われている苦しみが、今はどこか軽かった。
 葬列の一番端に控えめに並んでいる人のおかげだ。
 殺伐とした人々の中で、南島さんだけが透き通った気配を発していた。
 漆黒の喪服に負けない黒髪を持つ人をじっと見つめていたら、妙な事に気がついた。
 僕には媚びを売る弔問客達が、南島さんには変な仕草をするんだ。
 露骨に指差して、隣にこそこそ耳打ちしている奴もいるし、卑しく歪んだ顔で通りすがりに何かを吐き捨てていく奴もいる。
 僕の胸はむかむかと煮えたぎった。
「……南島さんっ」
 足が勝手に動いた。
 居並ぶ僧侶の前を横切り、弔問客をかき分けて、細い手首を捕まえる。
「ちょっと、彰……っ」
 抗う華奢な身体を強引に引っ張って、中央近くへ移動させた。
「困るよ。こんな場所……」
 戸惑う南島さんに、喪主である義父が笑いかける。
「十分な権利はあると思いますよ。最期は寝たきりになった会長の、おむつまで替えていたそうじゃないですか」 
 義父の言葉に頷く母の顔を確かめると、南島さんはようやくおとなしくなった。
 その後も南島さんに嘲るような視線を浴びせる輩がいたが、すぐ隣に並んだ僕の憤怒の表情に気がつくと、コソコソと退散していった。
 権力も時には役に立つんだな。

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(R18BL)闇の終り 第2話
 式が済んだ数日後、両親が南島さんをうちへ招いた。
 濡れ縁から鯉の泳ぐ池が見える座敷に座った南島さんは、壮絶に綺麗だった。
 男の人に綺麗なんて言うのは間違っているのかもしれないけど、この人の場合、そうとしか言いようがないんだ。
 もちろん、抜けるように白く滑らかな肌に佇む少し目尻の上がった杏仁型の目や、真っ直ぐに通った鼻筋の下の品のいい口元とかも凄くいいよ。
 でも南島さんの本当の美しさはそんなところにはない。
 醸し出す空気が綺麗なんだ。
 近くによるだけで、すっと心が透明になるような、不思議な雰囲気があるんだ。
 どこか寂しい感じがするのが気になるけど。
「通夜の時もずっと棺についていてもらって……。本来なら私の役目だったのに、ごめんなさいね……」
 南島さんに頭を下げる母の姿に目を疑った。
 母は天海会会長だった爺さんの一人娘で、プライドの高い高慢な女だったからだ。
 南島さんは首を横に振って、うっすらと微笑んだ。
「会長にはずっと世話になってきたからね。当然だよ」
 世話、という言葉に、何故か母の顔が強ばった。
「最期まで面倒を看てもらって……。修羅道を歩んできた父が、あんなに安らな顔で逝けたのは、全てあなたのおかげだわ……」
 南島さんはまた静かに首を振った。
「ところで、あなた、これからどうする?」
 母の真剣な声が座敷に響いた。
「もちろん、今のまま本家にいて下さっても構わないわ。でももう、あなたも自由に生きたらどうかしら。十五年も、経ったのよ……」
 南島さんは小さな、しかし毅然とした声で言った。
「暁子が許してくれるのなら、俺はここへ帰って来たい。茶室を使わせてもらってもいいかな」
 しばしの沈黙の後、諦めたように母は笑った。
「……そう。では、この家は全部あなたにあげる。岸が跡目を継ぐから、私たちは本家に移るわ……」
 僕の耳には母の声なんて入って来なかった。
 聞こえたのは、茶室を使うという南島さんの言葉だけだ。
 この家に住むだって? 
「いやっほう!」
「……彰」
 冷たい母の口調に、勢い余って菓子皿をひっくり返している自分に気がついた。
 その後の僕は、まるでジェットコースターのように気持ちを上下させられた。
 だって母が、僕まで本家に連れて行くと言いだしたんだ。
 信じられない。
 もう中三だよ。 
 親を慕って泣く年じゃない。
 僕は頑張った。
 ここの方が学校に通うのに便利だと力説し、生まれ育った家に対する感傷を語った。
 涙を浮かべて成績アップまでもを誓う僕に、最後は南島さんが口添えしてくれた。
 母も義父も、不思議とこの人には弱いんだ。
 天にも昇る気分って、今みたいな気持ちを言うんだな。

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