ビル高層階からの眺めは、まるで自分が地上を統べる神にでもなったような万能感を抱かせてくれる。
移転したばかりのオフィスの窓から眼下に広がるビル街を見下ろし、柏木晃彦は満足げな溜息をついた。
社長室に定めた東南の角部屋には重厚なイタリア製の家具が配され、繊細な中に一種独特の迫力を持つ薔薇の文様の絨毯が敷かれて、ミラノの貴族の館を彷彿とさせる佇まいを見せている。
好きなことをして暮らすというのはいいものだな。
柏木はガラス張りのキャビネットに収めたレシピ本のコレクションの並びを確かめた。
骨董品としての価値も持つ、ヨーロッパの年代物の本達だ。
そのどれもが柏木の宝物で、料理が仕事となった今では、頼りになる相談相手でもあった。
しかし一番の宝物はここには入っていない。
柏木はちらりと腕に目をやり時間を確かめた。
もうそろそろ悠司が来る頃だ。
愛の証の腕時計をつけている白く滑らかな腕を想うと、胸が高鳴った。
毎晩同じベッドで眠るようになってから早一年が過ぎていているのに、自分でも呆れるくらい彼に欲望を覚える。
初めて抱いた時からこの思いは変わらない。
中原悠司が担当外商員として自宅を訪れた日を、柏木はありありと思い出していた。
「……確かに納品させていただきました」
スイスから取り寄せた腕時計の包みを大理石のテーブルに置くと、薄く地肌を透けさせた白髪混じりの頭の外商部課長は深く腰を折り曲げた。
隣に控えていた青年も慌ててソファから立ち上がり、少し遅れて頭を下げる。
極度に緊張しているようで動作の全てがぎこちなく表情が硬い。
その姿にむらむらと嗜虐の心をそそられて、柏木は弛む口元を必死に抑えた。
「スムーズな商談のためにも、新しい担当には僕の趣味を知っておいていただきたい。今日はこれから彼をお借りしてもよろしいですか」
商談という言葉に相好を崩した課長は、一層深く頭を下げた。
麗らかな早春の日差しが、リビングに一人で佇む青年に降り注いでいる。
緊張してはいるものの、卑しい媚びや追従を言う気配はない。
今まで自宅にやってきた外商達は、声高に柏木邸の建物や調度品を褒め、おべんちゃらをいい、少しでも物を買わせようとすり寄ってきた。
ひっそりとこちらの指示を待つ姿に新鮮な驚きを覚える。
「中原君、だったかな?」
興信所を使って調べさせ、担当にとわざわざ指名したのだから、とうの昔に知っている名前だったが、本人に呼びかけるのは初めてだった。
気のせいだろうか。
どくりと胸が鳴った。
「……はい」
静かに顔が上げられて、黒目がちの目が真っ直ぐ向けられる。
視線が絡んだ瞬間、柏木の全身にびりっと電流が走った。
いつもは伏せている目は何処までも澄んでいて、一度踏み込んだら出られなくなってしまいそうな深さを有していた。
「至らない点もあるかと思いますが、柏木様のお心に添えるよう精一杯努めさせていただきます。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
改めて頭を下げられて、柏木はほっと息を継いだ。
あのまま見つめられていたら、心の奥深くまで浸食されてしまいそうだった。
なんなんだ、この感情は。
柏木は四肢の末端にまで轟いた衝撃を恐れた。
僕は玩具としてこの子を選んだんだ。
早く堕としてしまおう。
淫らに堕として弄んでやれば、もう訳の分からない感覚に襲われることはなくなるだろう。
「……家の中を案内するよ。今からたっぷり、僕を教えてあげようね」
端正な顔に冷たい笑みを浮かべて、柏木は中原を寝室のある二階へ促した。
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移転したばかりのオフィスの窓から眼下に広がるビル街を見下ろし、柏木晃彦は満足げな溜息をついた。
社長室に定めた東南の角部屋には重厚なイタリア製の家具が配され、繊細な中に一種独特の迫力を持つ薔薇の文様の絨毯が敷かれて、ミラノの貴族の館を彷彿とさせる佇まいを見せている。
好きなことをして暮らすというのはいいものだな。
柏木はガラス張りのキャビネットに収めたレシピ本のコレクションの並びを確かめた。
骨董品としての価値も持つ、ヨーロッパの年代物の本達だ。
そのどれもが柏木の宝物で、料理が仕事となった今では、頼りになる相談相手でもあった。
しかし一番の宝物はここには入っていない。
柏木はちらりと腕に目をやり時間を確かめた。
もうそろそろ悠司が来る頃だ。
愛の証の腕時計をつけている白く滑らかな腕を想うと、胸が高鳴った。
毎晩同じベッドで眠るようになってから早一年が過ぎていているのに、自分でも呆れるくらい彼に欲望を覚える。
初めて抱いた時からこの思いは変わらない。
中原悠司が担当外商員として自宅を訪れた日を、柏木はありありと思い出していた。
「……確かに納品させていただきました」
スイスから取り寄せた腕時計の包みを大理石のテーブルに置くと、薄く地肌を透けさせた白髪混じりの頭の外商部課長は深く腰を折り曲げた。
隣に控えていた青年も慌ててソファから立ち上がり、少し遅れて頭を下げる。
極度に緊張しているようで動作の全てがぎこちなく表情が硬い。
その姿にむらむらと嗜虐の心をそそられて、柏木は弛む口元を必死に抑えた。
「スムーズな商談のためにも、新しい担当には僕の趣味を知っておいていただきたい。今日はこれから彼をお借りしてもよろしいですか」
商談という言葉に相好を崩した課長は、一層深く頭を下げた。
麗らかな早春の日差しが、リビングに一人で佇む青年に降り注いでいる。
緊張してはいるものの、卑しい媚びや追従を言う気配はない。
今まで自宅にやってきた外商達は、声高に柏木邸の建物や調度品を褒め、おべんちゃらをいい、少しでも物を買わせようとすり寄ってきた。
ひっそりとこちらの指示を待つ姿に新鮮な驚きを覚える。
「中原君、だったかな?」
興信所を使って調べさせ、担当にとわざわざ指名したのだから、とうの昔に知っている名前だったが、本人に呼びかけるのは初めてだった。
気のせいだろうか。
どくりと胸が鳴った。
「……はい」
静かに顔が上げられて、黒目がちの目が真っ直ぐ向けられる。
視線が絡んだ瞬間、柏木の全身にびりっと電流が走った。
いつもは伏せている目は何処までも澄んでいて、一度踏み込んだら出られなくなってしまいそうな深さを有していた。
「至らない点もあるかと思いますが、柏木様のお心に添えるよう精一杯努めさせていただきます。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
改めて頭を下げられて、柏木はほっと息を継いだ。
あのまま見つめられていたら、心の奥深くまで浸食されてしまいそうだった。
なんなんだ、この感情は。
柏木は四肢の末端にまで轟いた衝撃を恐れた。
僕は玩具としてこの子を選んだんだ。
早く堕としてしまおう。
淫らに堕として弄んでやれば、もう訳の分からない感覚に襲われることはなくなるだろう。
「……家の中を案内するよ。今からたっぷり、僕を教えてあげようね」
端正な顔に冷たい笑みを浮かべて、柏木は中原を寝室のある二階へ促した。
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「……どうしたの。早く入っておいで」
寝室の入り口で戸惑っている中原に、柏木は明るく声をかけた。
「柏木様のプライベートな空間ですから……」
部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドから目を逸らして、頬にうっすらと朱を刷いた中原が答える。
きつく縛ってやったら、全身が薔薇色に染まるだろう。
柏木の背筋にぞくっと震えが走った。
「この部屋の奥に金庫があるんだよ。さっき納品された腕時計を片付けておきたいから、ちょっと付き合ってくれないか……」
長い腕を差し伸べて、中原を誘う。
確実な場所に獲物を誘い込まなくては。
今すぐにでも飛びかかりたい欲望を、胸の奥に押さえつける。
「はい、柏木様」
ベッドから目を逸らしたまま、上着の中の華奢な身体を揺らして、中原が近づいてきた。
「様付けは堅苦しくて嫌だな。さんでいいよ……」
期待に高鳴る手を、生地は悪くないが形はとことん地味なデザインのスーツの上から回す。
ぴくりと震える細い肩を楽しみ、そのまま腕に掌を滑らせた。
野暮な生地越しでも、しなやかな肉付きが感じられる。
「……柏木さん」
小さく震える声で呼ばれた。
胸の奥にしみ通る、心地好い声だった。
「なんだい?」
自分でも驚くほど柔らかな声音で応えてしまった。
「……あっ、いえ、すいません」
いきなり抱き寄せられて動揺しているのだろう、中原はますます赤くなっている。
立場上、強く拒絶出来ない筈だ。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ……」
意地悪な気分になって、もう片方の腕も回して完全に囲ってやる。
「金庫に入れる前に腕時計を一度つけてみようかな。箱から出してくれる?」
可愛い耳元に囁いて甘い髪の香りを味わうと、柏木は中原に持たせている包みを指した。
「は、はい……」
包装を開く指が細かく震えている。
「……どうぞ」
差し出された腕時計のどっしりしたプラチナが、しなやかな中原の手をなおさら可憐に見せていた。
「つけてくれないか……」
指先にしゃぶりつきたい衝動を抑えて、柏木は左腕を突き出した。
これは契約の儀式だ。
君が僕に触れた時、君は僕の物になるんだ。
大丈夫。
優しくしてあげる。
怖がらせないように優しくして、じっくり身体を開いてあげる。
カチャリと留め金を止める音とともについに中原の指を肌に感じて、柏木はかっと目を見開いた。
「……何を」
驚きの声を上げる身体を腕の中へ閉じこめたままベッドまで誘導し、肩を押す。
体勢を崩してシーツの上に崩れ落ちた中原を、シャルトルーズグリーンの絹が包み込んだ。
「始めよう……」
一気に噴き出した欲望の炎に身を包み、柏木は震える身体の上にゆっくりと覆い被さっていった。
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寝室の入り口で戸惑っている中原に、柏木は明るく声をかけた。
「柏木様のプライベートな空間ですから……」
部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドから目を逸らして、頬にうっすらと朱を刷いた中原が答える。
きつく縛ってやったら、全身が薔薇色に染まるだろう。
柏木の背筋にぞくっと震えが走った。
「この部屋の奥に金庫があるんだよ。さっき納品された腕時計を片付けておきたいから、ちょっと付き合ってくれないか……」
長い腕を差し伸べて、中原を誘う。
確実な場所に獲物を誘い込まなくては。
今すぐにでも飛びかかりたい欲望を、胸の奥に押さえつける。
「はい、柏木様」
ベッドから目を逸らしたまま、上着の中の華奢な身体を揺らして、中原が近づいてきた。
「様付けは堅苦しくて嫌だな。さんでいいよ……」
期待に高鳴る手を、生地は悪くないが形はとことん地味なデザインのスーツの上から回す。
ぴくりと震える細い肩を楽しみ、そのまま腕に掌を滑らせた。
野暮な生地越しでも、しなやかな肉付きが感じられる。
「……柏木さん」
小さく震える声で呼ばれた。
胸の奥にしみ通る、心地好い声だった。
「なんだい?」
自分でも驚くほど柔らかな声音で応えてしまった。
「……あっ、いえ、すいません」
いきなり抱き寄せられて動揺しているのだろう、中原はますます赤くなっている。
立場上、強く拒絶出来ない筈だ。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ……」
意地悪な気分になって、もう片方の腕も回して完全に囲ってやる。
「金庫に入れる前に腕時計を一度つけてみようかな。箱から出してくれる?」
可愛い耳元に囁いて甘い髪の香りを味わうと、柏木は中原に持たせている包みを指した。
「は、はい……」
包装を開く指が細かく震えている。
「……どうぞ」
差し出された腕時計のどっしりしたプラチナが、しなやかな中原の手をなおさら可憐に見せていた。
「つけてくれないか……」
指先にしゃぶりつきたい衝動を抑えて、柏木は左腕を突き出した。
これは契約の儀式だ。
君が僕に触れた時、君は僕の物になるんだ。
大丈夫。
優しくしてあげる。
怖がらせないように優しくして、じっくり身体を開いてあげる。
カチャリと留め金を止める音とともについに中原の指を肌に感じて、柏木はかっと目を見開いた。
「……何を」
驚きの声を上げる身体を腕の中へ閉じこめたままベッドまで誘導し、肩を押す。
体勢を崩してシーツの上に崩れ落ちた中原を、シャルトルーズグリーンの絹が包み込んだ。
「始めよう……」
一気に噴き出した欲望の炎に身を包み、柏木は震える身体の上にゆっくりと覆い被さっていった。
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