九月に入ったとはいえ残暑がまだまだ厳しい今ごろだが、山中を抜ける深い森に囲まれたこの道では、木々を抜けてくる風は冷たく思える。
頭上を覆う枝を透かして、いつの間にか月の光が微かに差し込んできていた。
「まずいな……」
着慣れていないスーツ姿の肩をすくめると、清水久尚はぷすんとも動かないバイクのエンジンから視線を逸らした。
荷台の鞄から取り出した携帯電話は、手の中で真っ暗な液晶画面を曝していた。
教育実習中で忙しかったとはいえ、こんな時に充電を切らしてしまう自分の馬鹿さ加減に呆れる。
奥二重の綺麗な目を伏せて、清水は大きな溜息をついた。
予定していた母校での実習ができなくなったことがそもそもの不運の始まりだった。
大学4年生の今、教育実習の単位を取れなければ、今までに受けてきた中高理科一種免許取得のための授業が全て無駄になる。
ただでさえ、国立大学に行くのは当たり前とされる秀才ぞろいの家族の中で、私大に行かせてもらっている清水の立場は弱かった。
この上、連絡ミスで取れるはずの資格を逃したとなれば、家族中の冷たい眼差しが怖い。
清水は必死で受け入れ校を探し、自宅から遠く離れた山奥に建つ私立高校に何とか受け入れてもらうことができたのだった。
しかし、噂には聞いていたが、この地の辺鄙さは並ではなかった。
平家の落人伝説があるぐらい歴史がある村なのだが、清水が住む市街地へは唯一の交通機関である路線バスが一時間に一本のダイヤで走っているだけ、しかも終バスは六時台と言うお粗末さだった。
教育実習生は公共交通機関を使用の原則があるが、教育実習室でちょっと授業指導案の作成をしていたら、自宅に帰れなくなってしまう。
清水はこっそり実習校の裏手にある森の中にバイクを置き、人目につかない山道を使って学校に通っていた。
しかし今日はそれが裏目に出て、こんな状態になっても通りすがりの人に助けてもらうことはとても期待できなかった。
深い轍が刻まれた未舗装の道を、バイクを押して数キロ離れた市街地まで歩くことは難しいだろう。
清水はトンネルのような暗い夜道をぼんやりと見つめた。
HR担当生徒、日野竜一(17歳)へ
生徒会長 多木秀次(18歳)へ
教育実習生 武藤英吾(21歳)へ
指導教官 坪井章一郎(28歳)へ
PTA会長 上田辰彦(38歳)へ
理事長 伊藤彰英(45歳)へ
まえがきを読む
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頭上を覆う枝を透かして、いつの間にか月の光が微かに差し込んできていた。
「まずいな……」
着慣れていないスーツ姿の肩をすくめると、清水久尚はぷすんとも動かないバイクのエンジンから視線を逸らした。
荷台の鞄から取り出した携帯電話は、手の中で真っ暗な液晶画面を曝していた。
教育実習中で忙しかったとはいえ、こんな時に充電を切らしてしまう自分の馬鹿さ加減に呆れる。
奥二重の綺麗な目を伏せて、清水は大きな溜息をついた。
予定していた母校での実習ができなくなったことがそもそもの不運の始まりだった。
大学4年生の今、教育実習の単位を取れなければ、今までに受けてきた中高理科一種免許取得のための授業が全て無駄になる。
ただでさえ、国立大学に行くのは当たり前とされる秀才ぞろいの家族の中で、私大に行かせてもらっている清水の立場は弱かった。
この上、連絡ミスで取れるはずの資格を逃したとなれば、家族中の冷たい眼差しが怖い。
清水は必死で受け入れ校を探し、自宅から遠く離れた山奥に建つ私立高校に何とか受け入れてもらうことができたのだった。
しかし、噂には聞いていたが、この地の辺鄙さは並ではなかった。
平家の落人伝説があるぐらい歴史がある村なのだが、清水が住む市街地へは唯一の交通機関である路線バスが一時間に一本のダイヤで走っているだけ、しかも終バスは六時台と言うお粗末さだった。
教育実習生は公共交通機関を使用の原則があるが、教育実習室でちょっと授業指導案の作成をしていたら、自宅に帰れなくなってしまう。
清水はこっそり実習校の裏手にある森の中にバイクを置き、人目につかない山道を使って学校に通っていた。
しかし今日はそれが裏目に出て、こんな状態になっても通りすがりの人に助けてもらうことはとても期待できなかった。
深い轍が刻まれた未舗装の道を、バイクを押して数キロ離れた市街地まで歩くことは難しいだろう。
清水はトンネルのような暗い夜道をぼんやりと見つめた。
HR担当生徒、日野竜一(17歳)へ
生徒会長 多木秀次(18歳)へ
教育実習生 武藤英吾(21歳)へ
指導教官 坪井章一郎(28歳)へ
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